第五章 リスク・プレミアム

1/2の確率で100円を貰える権利があるとすれば、いくらでなら買いますか?

表が出たら100円を貰うことのできるコイン投げゲームに、いくらでなら参加するか、と考えても構いません。コインを投げた回数のうちの半分くらい、100円を貰えることが期待できる状況です。この権利に50円以上出すという方は、おそらく稀でしょう。30円や20円、場合によっては10円という回答もあるかもしれません。不確実なことはなるべく避けたいからです。「平均的な」50円よりも確実な10円の方が価値があるという判断を、間違っていると指摘することは誰にもできません。「避けたい」気持ちにえいと目をつぶって、その権利ふたつを90円で買ったとします。ひとつあたり45円です。買った権利のうちひとつが当たって100円が貰えれば、差し引きでは10円増えたことになります。

この10円がリスク・プレミアムです。不確実さに対してついた価格、リスクの価格です。えいと目をつぶったことに対する「危険手当」と思ってもよいかもしれません。不確実さを伴う権利は、市場で取引されていれば、その価格は皆が平均的に「これならよいかな」と思う水準になっています。これを購入することによって、つまりリスクを引き受けることによって、そのリスク・プレミアムを享受することができるのです。

リスク・プレミアムの大きさは、市場参加者の総意によって決まります。権利の価格が高いときには、リスク・プレミアムは相対的に小さな状態であるといえます。権利の価格が安いときには、リスク・プレミアムは相対的に大きな状態であるといえます。実際には、上記のコイン投げのような権利は、市場では取引されていません。この権利を「売りたい」ひとがいないからです。しかしながら、市場で取引されているリスクのある権利への投資、例えば債券や株式への投資には、一般にリスク・プレミアムがあります。以下では、債券や株式の価格とリスク・プレミアムについて考えてみます。

債券の価格は、将来の返済を割り引いたものの総和です。
債券の価格 = Σ{将来の返済/(1+割引率)}

返済の予定は、債券が発行された時点ですべて確定しています。しかし割引率を構成する要素は、返済までの金利とその他のリスク等に大別できますが、いずれも確定していません。金利はもちろん、すべての債券に共通しますが、その他のリスク等には債券の発行体に固有の要素、例えば倒産リスクが含まれています。これらはすべて投資家によって評価は異なり、また同じ投資家でも時点によって評価は異なり、取引される債券の価格は時間とともに変動します。

株式は純資産の所有権ですから、株式の価格は、現在の純資産と、将来の純資産である利益を割り引いたものの総和です。
株式の価格 = 現在の純資産 + Σ{将来の利益/(1+割引率)}

現在の純資産は、企業自身によっておおよそ報告されていますが、しかし将来の利益と割引率は、いずれも確定していません。将来の利益はもちろんのこと、割引率の中にも株式の発行企業に固有の要素は多く、債券と比較して不確定要素が多いという特徴があります。これらはすべて投資家によって評価は異なり、また同じ投資家でも時点によって評価は異なり、取引される株式の価格は時間とともに大きく変動します。

債券でも株式でも、価格の中には常にリスク・プレミアムが隠れています。将来の返済や利益は、一般にその不確実さを割り引いて評価されますが、時間の経過とともに、隠れていたリスク・プレミアムは債券や株式の価格の上昇という形で実現します。様々なリスクを割り引いて評価されていた将来のフローが今期のフローへと近づいてくる過程の中で、不確実だった要素は次々と確定し、同期間の無リスク金利をリスク・プレミアム分だけ上回る価格の上昇となるのです。市場では45円で取引されていたコイン投げの権利が、実際に投げた後に平均的には50円になるように、市場で取引される債券や株式の価格は、時間とともに不確実を乗り越えながら、平均的には上昇します。

もちろん時としてコイン投げで裏ばかりが出てしまうように、例えば倒産リスクを乗り越えられない場合もあります。事業が不調で、将来の利益が減ってしまうような事態もあります。また何らかの他の理由によって、株価が下落を続けるような局面もあります。とはいえ全体としての債券や株式への投資が、長期的には無リスクの金利を上回る収益を生むことが期待されるのは、こうした理由によります。

実際の債券や株式の市場での取引には、さまざまな投資家がさまざまな動機で参加します。ですから金利や利益の見通しに変化がなかったとしても、その他のさまざまな理由によって、例えば需給の状況や単に投資家の心理状態によっても、その価格は変動します。前述のコイン投げの例でも、もしもその権利が市場で取引されていたとすれば、おそらく価格は変動し、リスク・プレミアムの大きさは常に変化するでしょう。他の条件が変わらないとすれば、価格が下落しているときにはリスク・プレミアムは拡大しており、価格が上昇しているときにはリスク・プレミアムは縮小している、と考えることができます。実際には、価格を変化させるさまざまな要因は常に混在しており、それらを互いに分離させることは不可能ですが、取引される債券や株式のリスク・プレミアムの大きさは、常に変化し続けます。

債券や株式と同様に市場で取引され、やはり時間とともに価格が変化するものに、通貨の交換レートとしての為替や、生産活動のための場所を提供する不動産、また生産された商品などがあります。いずれも需給やその他の理由によって価格は変動しますが、これらへの投資に対してリスク・プレミアムを見出すか否か、という点に関しては議論が残ります。リスク・プレミアムは、資金を調達する側から見れば、リスクを引き受け資金を供給してくれる投資家に対して支払う対価です。また市場の枠組み全体から見れば、それは生産を始めようとするひとへ資金を流入させる「力」です。どんなリスクにもプレミアムがあるとは限りませんが、プレミアムのあるリスクへ資金を投じることは、生産するチャレンジを促進するという重要な意味があります。

例題5-1) プレミアムの存在しないリスクとは、どのようなものか

例題5-2) リスク・プレミアムの大きさが変化する要因として、どのようなものがあり得るか

例題5-3) 時間の価格とリスクの価格には、どのような関係があるか
posted by equilibrium at 2001-05-01 | [草稿]本文
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