第十章 ポートフォリオのつくり方

ここでは、実際のポートフォリオのつくり方について、ご紹介します。貸借対照表の全体を意識するとともに、Black-Littermanのアプローチに基づいて「投資と選別」の関係を整理し、ポートフォリオを組み立てます。

すべてのポートフォリオは、以下の3つのコンポーネントの和から構成されると考えます。

1) 購買力を担保するポートフォリオ
2) 市場ポートフォリオ
3) 見通しを表現するポートフォリオ

例えば、生命保険会社の「キャッシュフローマッチング」と呼ばれる投資手法、つまり「将来のキャッシュフローに合わせて債券を買っておく」行動は、ここでは「購買力を担保するポートフォリオ」のみを保有し、残りの2つに関しては、その係数をゼロにしている状態と考えます。

例えば、「『市場は出し抜けない』のでETFを買う」行動は、ここでは「市場ポートフォリオ」を保有することでリスク・プレミアムを享受し、残りの2つに関しては、その係数をゼロにしている状態と考えます。

例えば、「価格が上がると予想される株を買う」行動は、ここでは「見通しを表現するポートフォリオ」のみを保有し、残りの2つに関しては、その係数をゼロにしている状態と考えます。複数の見通しがある場合には、それらの和をとることで、新たに全体の見通しとすることができます。

現金のみを保有し無リスク金利を享受している場合は、どのポートフォリオも保有せず、すべての係数をゼロにしている状態です。

「投資は余裕資金で」などと言われることがありますが、貸借対照表の全体を考えれば、これは「購買力を担保するポートフォリオ」の重要性を説いたものと理解することができます。「物価の上昇による老後の生活コスト増大のリスクは、インフレ連動債を購入することであらかじめ担保しておき、投資や選別はその後に追加的に考えるのがよい」という主張は、その具体例のひとつです。貸借対照表の負債側が何らかの要因によって変動する可能性があるとき、それを(部分的に)打ち消すようなリスクをとることによって余裕資金、つまり純資産のリスクを低減させることができるのです。もちろん将来のことは常に不確定ですから、どのような予測に基づいて、どのように購買力を担保しようとするのか、慎重に考える必要があります。

TOPIXやMSCIのような時価総額インデックスは、「市場ポートフォリオ」を近似的に表現するためにつくられたものです。これに連動するETF等を購入することによって、低コストで容易に市場リスクのプレミアムを享受することができます。利便性の高い投資手段は近年になって増えつつあり、例えばインデックスにかかるデリバティブ取引を活用することによって、少額の証拠金を預けるのみで、市場ポートフォリオのリスク・プレミアムを享受することも可能です。3つのコンポーネントのうち、誰もに共通しているのは市場ポートフォリオであり、資本市場の価格形成に大きな影響を与えています。

効率的市場仮説に対する批判は、しばしば「見通しを表現するポートフォリオ」の後ろ楯として持ち出されます。情報の流動性を考慮しても、投資家の行動を考慮しても、社会システムを考慮しても、およそ人間の活動にはすべて、多かれ少なかれ非効率性が存在せざるを得ません。従って、それらの非効率を評価し選別するという行動は、安易に否定されるべきものではありません。仮に社会の効率が高い状況があったとしても、当然のことながら選別が存在しなければ、時の流れの中で、その効率は徐々に失われざるを得ません。その意味で、投資と選別は車の両輪で、資本主義が機能するためにはどちらも不可欠です。

3つのコンポーネントにかかる係数、つまりそれぞれの大きさやバランスは、各ポートフォリオに対する期待や確信の大きさ、互いの相関関係などで決まります。将来のお金の使い方の予想に基づいて購買力を担保することの効用、市場のリスク・プレミアムに対する期待、選別しようとする見通しにかかる確信の大きさ、それらすべての関係。これらを評価することで、ポートフォリオの全体は構成されます。言い換えれば、すべてのポートフォリオは、この構造を仮定して、その意図を分解することが可能です。

国内債券: 25円
外国債券: 25円
国内株式: 25円
外国株式: 25円

例えば、現金を除く資産のポートフォリオが、上記のようになっている場合について考えてみます。国内資産と外国資産を同額保有している状況ですが、実際の市場ポートフォリオを参照すれば、世界に占める日本の比率は、これよりもずっと小さいことがわかります。国内債券や国内株式に大きくシフトしている理由は、おそらく購買力を担保するためか、または主観的な見通しによるものでしょう。将来に渡って日本国内で生活する可能性が高いのなら、円での借金に対応する国内債券や、国内の物価上昇に比較的追随しやすいと考えられる国内株式に投資することは、購買力を担保する手段としては自然です。また外国資産に比べて、情報が入手しやすく自分との関係も深い身近な投資対象でもありますから、主観的な見通しが表現されていると考えても不思議ではありません。

債券と株式への投資は同額となっていますが、全体への影響は株式の方がはるかに大きくなります。株式の方が、価格の変動がずっと大きいからです。ポートフォリオのバランスを考えるには、金額よりもリスクの視点がより重要になります。投資をする際に、同時に選別を行っているケースも数多く存在しますが、その場合には(近似的な市場ポートフォリオとしての)インデックスから乖離するリスク、つまり見通しを表現するポートフォリオのリスクが、加えて内包されていることになります。このときにも、つまりコンポーネントの間のバランスを考える際にも、リスクの視点は重要です。

とはいえ、共通する尺度としての「リスク」を何らかの形で定義し、貸借対照表上のすべてのアイテムを横断的に評価することは困難です。リスクには様々な実態と表現方法があります。投資先が生み出す利益のリスクと倒産するリスク、将来の収入や支出が変化するリスク、事故のリスク、気が変わってしまうリスク、どれも内容は異なり、それぞれに複数の表現方法があり、時に互いに折り重なり、それらを同一の軸上で語ろうとすることには無理があります。したがって、ポートフォリオとして組み合わせる際には、最終的には、自分自身のリスク「感覚」に基づいて全体のバランスを取る必要があります。

リスクだけでなく、「似ている」「似ていない」「因果関係がある」「関係がない」といった感覚も、バランスを考える際には大切です。似ているもの同士は、ポートフォリオ全体の中で果たす役割も似ているからです。役割が似ていれば、ポートフォリオの中で、それらの比率は割り引かれてよいことになります。一方で、似ていないもの、他と異なる役割を持つものをポートフォリオに組み入れることは、効率を向上させる観点から重要になります。しばしば、「見通しを表現するポートフォリオ」が「市場ポートフォリオ」と似ている場合があります。こんなとき両者の差分をとることで、概念的には、「より純粋な」見通しを表現するポートフォリオを抽出することができます。実際にこれらのバランスをとるためには、そこに含まれている「市場ポートフォリオ」の成分(ベータといいます)を認識しておくことが実践的でしょう。

ひとは絶えることなく何かをつくり出します。時間は機会を生み、その価格として利息を存在させます。チャレンジはリスクを生み、その価格としてプレミアムを存在させます。すべての価格は、常に変化します。投資の個別の要素について、その構造を考えること、そして全体の構成とバランスについて考えること、投資する自分と投資される社会の両面について考えること。これらはすべて、自分にも社会にも大きな力となるはずです。

例題10-1) 任意のポートフォリオを、3つのコンポーネントに分けてみよ

例題10-2) 世の中のすべてのポートフォリオの、3つのコンポーネントそれぞれの和について考えてみよ

例題10-3) すべてのポートフォリオの和としての市場ポートフォリオと、経済のサイクルとの関係について考えてみよ
posted by equilibrium at 2001-10-01 | [草稿]本文
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