例題1-1) 高すぎる金利には、どのような問題点が考えられるか

金利が高すぎれば、お金を借りたいひとは現れません。

お金を貸したいひとは、借りたいひとの現れる水準まで、金利を引き下げる必要があります。でなければ、借金は成立しません。さまざまな場面で、何らかの理由により高すぎる金利が提示され、お金を借りたいひとが現れず、社会全体の借金が減ったとすれば、社会全体の貸借対照表は小さくなります。そのような状況では、資金は有効には活用されず、経済活動の規模は縮小へと向かうことになります。

もちろん、資金の需要と供給が互いの接点を探る場面では、貸し手と借り手の双方が金利について、時間の価格とリスク割り増しについて評価を行います。リスクに関する知識や情報の不足、人間の判断の不安定性は、その綱引きに影響を与える場合があります。高金利での貸し出しについて、法律で制限されている場合があるのは、こういった理由によります。切迫した状況で、冷静な判断ができないまま契約することは、望ましくありません。また、あまりにも大きなリスク割り増しは、評価が難しい場合があります。借り手の大半がその後に破綻してしまうようなケースでは、さまざまなリスクが、例えば「契約の履行を期待できないリスク」のような不安定なものさえ、そこに折り重なっています。リスク評価のための土台すら脆弱な状況では、行動は慎重にならざるを得ません。

とはいえ、貸し出すことが商売の銀行は、貸し出しが減ってしまえば、より低い金利をつけざるを得なくなります。したがって時間の価格としての金利は、このとき全体としては、自ずからバランスされる構造になっています。

では、金利が低すぎる場合には、どのような問題点が考えられるでしょうか。

金利が低すぎれば、お金を貸したいひとは現れません。貸し出すことが商売の銀行は、低すぎる金利をつけることはありません。借りたい需要が殺到しているのなら、金利を引き上げることで利益になるからです。もちろん、同時に預金を増やす必要もあります。

中央銀行が誘導しようとする無リスクの金利が、社会に流れる時間の価格と比較して、低すぎる場合にはどうでしょうか。

その低い金利で、政府や中央銀行がじゃんじゃん貸してくれるのなら、そうでない場合と比べて、さまざまな商売が利益を生み出すように見えるはずです。そうなれば資金は動き、相対的に貸し出しは増えるでしょう。社会全体の貸借対照表は大きくなり、リスクのある投資も促され、経済の活動を拡大へと向かわせます。

一方で貸し出しが増えれば、これに対応する資金をつくるためには、より高い金利で調達する必要に迫られるはずです。異なる市場から調達するとしても、また未来から調達するとしても、その金利差は財務を圧迫します。つまり、そのようなプログラムを永遠に継続することは困難です。

打ち出の小槌はありません。金利を動かすのは、時間の価格を決めるのは、ほしいものをつくり出そうとする、われわれの経済活動なのです。
posted by equilibrium at 2002-01-01 | [草稿]例題
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。