例題4-2) 世の中全体の貸借対照表の観点から、会社は誰のものか

世の中の貸借対照表を「全部足すこと」を考えてみます。投資する側の債券や株式といったリスク資産と、それに対応する投資される側の負債または純資産を次々と互いに打ち消してみると、唯一の大きな貸借対照表の中では、投資されたお金は利益を生み出す資産へと変換されていることがわかります。ここではそれぞれの会社は、単に生産活動の単位を示しているに過ぎません。つまり、世の中全体の貸借対照表の観点からは、「会社は誰のものか」という問いの持つ意味は希薄です。

個々の生産活動にかかる純資産の所有権は、それぞれの株主にありますが、投資家はさまざまな投資を行っており、またそれぞれの会社は多くの株主を持っており、つまり「皆が皆に投資をしている」ような状況になっています。株式が小口化され、誰もが容易に投資を行うことができるような社会では、誰もが資本家であり、かつ労働者である状態は極めて普通のことです。もちろん同時に、誰もが消費者でもあるわけです。このとき世の中全体の貸借対照表の観点からは、その純資産は皆が増やし、その所有権は皆がすこしずつ持っていることになります。

経済が成長することとは、つまり皆がほしいものを皆でつくり出すことですが、この構造の中では資本家として、また労働者として、そして消費者として積極的に選別を行うことが、その舵取りに重要な役割を果たします。また、そのために多くの情報が公開され、さまざまな選別の場面で高い流動性が確保されることは大切です。
posted by equilibrium at 2002-04-02 | [草稿]例題
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