第一章 時間

今日の100円と明日の100円、どちらが価値があるか?
今日の100円の方が価値があります。明日までに、一日分の利息がつくからです。

利息とは、時間の価格です。

金利が1%なら、100円を預けると1円の利息がつき、一年後には合計101円になります。実際の銀行預金では、金利も預金残高も日々変動しますが、これらに応じて利息は毎日計算され、まとめて支払われます。一日でも早くお金を手に入れられるなら、その方が価値があります。お金は利息を生むからです。もちろんお金を借りたときにも、利息はつきます。金利が10%なら、100円を借りると10円の利息がつき、一年後の返済額は合計110円になります。一年後に100円を返す約束なら、現在借りることのできる金額は 100円/(1+10%)≅91円 となります。金利が10%のとき、現在の100円と一年後の110円、現在の91円と一年後の100円は、それぞれ価値が同じである、ということができます。

比較アイテム今日の時点明日の時点
今日の100円100円100円x(1+金利)
明日の100円100円/(1+金利)100円


金利はマイナスにはなりません。もしも金利がマイナスなら、預けることでお金が減ってしまうのなら、誰も預金したいとは思いません。お札や硬貨を金庫へ入れておけば、減らないのですから。誰も預金したいと思わなければ、そんな金利は存在しないのと同じことです。一方で、金利に上限はありません。法律では、金利に上限が定められている場合がありますが、仮に違法な取引であったとしても、借りたいと思うひとがいるのなら、そこで需要と供給が一致するのなら、その金利は実在するものです。金利はマイナスにならないのだとすれば、今日の100円の方が明日の100円よりも、「常に」価値があるということになります。

銀行預金、住宅ローン、定期預金、消費者金融、それぞれに金利の水準は異なります。銀行預金の金利よりも消費者金融の金利の方がずっと高いですが、それは消費者金融では借り手が返済すること不可能になってしまい、貸し手がお金を回収できないケースが多いからです。そのようなケースも含めて、すべての貸し出しから全体として利益を出す必要がありますから、消費者金融では金利を高く設定せざるを得ません。返済されることが確実でない分、金利は高くなるわけです。一般に、つぶれそうな会社ほど、高い金利でしかお金を借りることはできず、つぶれそうな銀行ほど、金利が高くなければ預金を集めることはできません。

ではリスクがなければ、まったくつぶれる心配がなければ、金利はゼロになるでしょうか。世界中のあらゆる金利を観察してみると、およそつぶれそうもない、ほとんどリスクのなさそうな預金でも、実際に金利は存在しています。例えば、大きな国家にお金を預けるような場合です。このような金利こそ、「純粋な」時間の価格に他なりません。つまり先に挙げられたような様々な金利は、「時間の価格」と「リスク割り増し」によって構成されている、と考えることができます。「リスク割り増し」のない最も小さな金利、無リスクの金利が「時間の価格」です。以降ここでは特に注釈がなければ、「金利」とは、割り増しのない無リスクの金利を指すものとします。

金利のない社会を理想とする教えがあります。しかしながら、「貨幣が貨幣を生むことは自然に反している」と考えるなら、おそらく時間についての理解が足りていません。利息は時間の価格なのですから、これを否定しようとする試みは、時間には価値がないと主張しようとする試みです。利息の代わりに、例えば「手数料」と名称を変えたとしても、実質的には同じことです。「同胞からの利息取得禁止」の教えは、仲間への利益供与の強制に過ぎません。無利息でお金を借りたいひとはたくさんいますが、無利息で預金したいひとはいません。「時間がもったいない」感覚は、古今東西を問わないのです。

ならば、時間はいくらなのか。いくらであるべきなのか。

金利が低いことは、時間の価格が安いことを意味します。預金してもあまり利息がつかないかわりに、借金をしてもあまり利息を払いません。こんなときは、お金を借りて商売をするチャンスです。あなたが時間を上手に使って、世の中の「安い」時間よりも価値を生み出したとき、それが「成功」なのです。一方で金利が高いことは、時間の価格が高いことを意味します。預金するとたくさんの利息がつくかわりに、借金をするとたくさんの利息を払う必要があります。こんなときは借金を減らして、悠々自適な預金生活を送りたい。世の中に流れる時間は、「いい値段」です。確信がないときには、様子をみることが肝要です。

時間の価格は、個々の経済活動の総和としての、社会全体によって決まります。皆が成功している社会では、皆が時間を上手に使う社会では、流れる時間の価格は高くなります。つまり、高い金利となるべきです。誰かが実際に値段をつけることになりますが、社会に流れる時間をよく観察して、そのときの金利を実際に決めるのは、中央銀行の仕事です。時間の価格は、なるべく的確に見積ることが肝要ですが、中央銀行は、時にその値段のつけ方で、社会にメッセージを送ることもあります。

第一章 例題
posted by equilibrium at 2001-01-01 | [草稿]本文

第二章 購買力

今日の100円と明日の100円、どちらが価値があるか?
確実とはいえませんが、おそらく今日の100円の方が価値があります。明日になると、いつも食べているパンの価格は、上がっているかもしれないからです。

お金が物を買う力は、時間とともに変化します。

一般に、物の価格は時間とともに変化しますが、それは「物の価値」そのものの変化と、「お金が物を買う力」の変化の、どちらの要素も同時に含んでいます。例えば、小麦粉が不足して価格が上昇すれば、パンの価格も上昇します。パンの原料の大部分は小麦粉だからです。しかしながら、小麦粉の価格が上昇しても、米の価格に直接の影響はありません。小麦粉は米の原料ではないからです。一方で、人件費や地代が上昇した場合にも、パンの価格は上昇します。パンをつくったり、売ったりするのには、人手も場所も必要だからです。このときには、米の価格もパンと同様に上昇するでしょう。米をつくったり、売ったりするのには、パンと同様に、人手も場所も必要だからです。パンの価格は常に変化していますが、同じように変化するにしても、どちらかといえば固有の要因、つまり「パンの(相対的な)価値」そのものが変化する場合と、どちらかといえば共通の要因、つまり「お金が物を買う力」が変化する場合とがあるのです。

あらゆるものの価格が一様に上昇していくとき、「お金が物を買う力」は小さくなっています。極端な例を考えてみましょう。パンの価格も貰っている給料もどちらも倍になれば、収入と支出のバランスはとれていますから、日常的な生活には困りません。しかし一方で貯金の額がそのままなら、貯金で買うことのできるパンの量は半分になってしまいます。もちろん同時に、返済の金額が事前に決まっている住宅ローンの負担感も、半分になります。あらゆるもの全体の価格の変化を、「インフレーション」と呼びます。「全体」を具体的に定義することは困難ですが、しかし、この概念を理解することは大切です。価格の変化を使途で平均し、「インフレーション」と一括りに整理してしまうことで、形式的であるにせよ「お金が物を買う力」を定義し、物の価格の変化から(相対的な)価値の変化を分離できるようになるのです。

パンの価格に戻りましょう。その変化率を、ここでは便宜的に「インフレ率」と呼ぶことにします。100円のパンは、今日の100円で1個買えます。明日になるとパンの価格は、100円x(1+インフレ率)になるので、明日の100円で、パンは1/(1+インフレ率)個しか買えません。もしもインフレ率がマイナスなら(デフレといいます)、つまり明日になってパンの価格が下がれば、明日の100円の方がたくさんのパンを買うことができます。今日の100円を明日まで、銀行に預けておくこともできます。そうすると一日分の利息がついて、明日には100円x(1+金利)になります。今日の100円で明日買えるパンの個数は、(1+金利)/(1+インフレ率)個です。パンだけでなく、あらゆるものに関して、同様に考えることができます。

比較アイテム今日の時点明日の時点
今日の100円100円100円x(1+金利)
明日の100円100円/(1+金利)100円
100円のパン100円100円x(1+インフレ率)
今日の100円で買えるパンの個数1個(1+金利)/(1+インフレ率)個
明日の100円で買えるパンの個数1/(1+金利)個1/(1+インフレ率)個


お金が増えると嬉しい?お金が減ると悲しい?
このことは、実はすぐにはわからないはずです。

「お金が増える」「お金が減る」という言い方は、時間が経過する概念を含んでいますが、当然のことながら、その間に物の価格は変化します。お金が増えても、その間に買いたいものの価格がそれよりも上がってしまえば、嬉しくないはずです。一方で、お金が減っても、その間に買いたいものの価格がそれよりも下がれば、嬉しいはずです。お金は、ほとんどあらゆるものに交換可能ですが、しかし、「お金が物を買う力」は常に変化しています。時間はいつでも流れていますから、このことには常に注意を払っていたいものです。大きな銀行に預金したお金は、「時間の価格」である利息を、「インフレーション」で割り引くことで、それが物を買う力の変化を認識することができます。先の表の中では、これは「今日の100円で買えるパンの個数」として表現されています。

投資を考える際には、人生の計画と照らし合わせて、家であるとか老後の生活であるとか、将来に価格が変化しそうな自分自身の「お金の使い道」を特定することは、大切なことです。これらを考慮しつつ、投資する対象やリスクの配分を決めることで、より望ましい投資成果へと近づけることが可能だからです。必ずしも将来の計画が明瞭でない場合でも、一般的な「今日の100円と明日の100円」の関係については、よく理解しておく必要があります。お金が倍になったとしても、物の値段がそれよりも上がってしまえば悲しいはずです。あなたがお金マニアでないのなら、欲しいのはお金そのものでなく「お金が物を買う力」なのですから。このことを自覚することは、人生に流れる長い時間の中では、特に大切です。

第二章 例題
posted by equilibrium at 2001-02-01 | [草稿]本文

第三章 貸借対照表

投資であれ、商売であれ、人生であれ、現時点での状況について把握し、将来へ向けての計画を立てることは大切です。所有している資産や、将来に支払うお金など、現時点で認識されている経済活動について、まとめて表現しようとする道具が「貸借対照表」です。ここでは自身の貸借対照表を大まかに描いてみることによって、投資を含むすべての経済活動を鳥瞰することを試みます。

貸借対照表は、資産、負債、純資産の三つの部から構成され、以下のように書きます。資産の部には、お金に替えられるもの、お金を生み出すものを列挙します。負債の部には、将来に支払うお金を列挙します。純資産は、両者の差額と考えます。以下では、最も原始的な例から始めて、徐々に複雑な貸借対照表を描いてみます。自身の例を頭の中に思い描きつつ、照らし合わせてみて下さい。

資産負債
純資産


およそ資産と呼べそうなものが現金のみの、負債のない、例えば子供の場合には、貸借対照表は以下のようになります。現金のみで構成される資産は、負債がないためすべて純資産となり、ここでは両者を区別する意義はありません。一般に貸借対照表は、時間の経過とともに刻一刻と変化します。例えば、収入があれば、ここでは現金と純資産は同時に増え、支出があれば、現金と純資産は同時に減ることになります。

現金のみ
現金純資産


彼が大人になって、住宅ローンを組んで投資用にマンションを買うと、貸借対照表は以下のように変化します。マンションを資産の部、ローンを負債の部に書き加えます。購入の全額をローンで賄った場合は、現金の大きさはそのままで、マンションの価格分、つまりローンの価格分だけ、資産と負債が同時に大きくなります。このとき明らかに、純資産の大きさは変化しません。一方で、家賃分の収入とローン支払い分の支出が同時に増えることになりますから、今後の純資産の大きさを変化させる新たな要因が増えます。もちろんまた、マンションは次第に老朽化し資産としての価値は徐々に減少し、同時にローンの残高も返済とともに減ってゆきます。これらも、今後の純資産の大きさを変化させる要因になります。マンションを自宅として購入した場合でも、ローンの金利こそ違えど、構造は変わりません。

マンション購入
マンション
現金
ローン
純資産


さらに、現金の一部を株式投資へ回したとすると、貸借対照表は以下のように変化します。現金の一部が株式へと置き換わっただけなので、その瞬間には資産の部の大きさは変化しません。しかしながら、株式の価格は時間の経過とともに刻一刻と変化します。ですから、今後の純資産の大きさを変化させる要因が、さらに増えることになります。

株式投資
マンション
現金
株式
ローン
純資産


自身の貸借対照表の姿に、次第に近づいてきたでしょうか。企業には一般に、詳細な貸借対照表の作成と報告が義務づけられていますが、個人の場合には、実際にこれを作成しているケースは、多くありません。しかしながら貸借対照表を描くことは、自分自身の経済活動を記述しようとすることそのものです。自分自身にこれから発生する、お金を生み出す要因とお金を使う要因を、思いつく限り並べてみることによって、様々な発見があるはずです。例えば、株式投資の「部分のみ」に着目することには、あまり意味がないことに気づかれるかもしれません。投資の成果を評価するためには、貸借対照表中のどこまでを範囲として考えればよいのでしょうか。「借金も財産のうち」などと言われることがありますが、大きな負債の反対側には大きな資産があります。借金をして増やした資産は、今後の収入を生み出す源になるはずですが、それが負債の返済と利息を上回ったとき、純資産を大きくさせることができるのです。貸借対照表の純資産を増やすこと、これこそが「投資」の大きな目的に他なりません。

ところで、企業でも個人でも貸借対照表の基本的な構造は同じですが、企業の場合には一般に、「純資産に複数の所有者(株主)がいる」という特徴があります。企業の資金調達について、次章で見ていくことにします。

第三章 例題
posted by equilibrium at 2001-03-01 | [草稿]本文

第四章 資金調達

新たに事業を始めるには、資金が必要です。新しい製品やサービスをつくり出すためには、資金を調達して、工場を建てたり、人材を育成したりといった投資を行います。このような投資のために資金を調達するには、大きく分けてふたつの方法があります。債券を発行する方法と、株式を発行する方法です。

債券を発行することは、借金をすることに他なりません。債券とは、返済の予定や利息などの条件を明確にし、その権利を市場で取引できるよう規格化した借金のことです。債券を発行して資金を調達し、新たな設備投資をした場合には、貸借対照表の資産と負債が同時に大きくなります。収益を生み出す新たな設備は資産、将来返済(償還といいます)しなければならない債券は負債になります。これらはどちらも、今後の純資産の大きさを変化させる新たな要因となります。

新たな設備
既存の設備
現金
債券
借金
純資産
既存の設備
現金
借金
純資産


新たな設備のために、負債ではなく純資産を増やすのが、株式の発行です。負債を増やさずに資産が増えるのですから、その差額としての純資産は、新たな設備の金額分、つまり新たな株式の発行額分だけ増えることになります。企業では、純資産の所有権は株主にあります。以前からの株主に加えて、今回発行した株式を購入した株主が、保有する株数に応じて、新たに純資産の「部分的な」所有者になるわけです。

既存の設備
現金
借金
純資産
新たな設備
既存の設備
現金
借金
純資産


一方で、株式や債券に投資する側、投資家の貸借対照表では、前章で見たとおり、投資の実行によって現金の一部が株式や債券に変わることになります。貸借対照表の大きさは、投資そのものによっては変化しません。

マンション
現金
ローン
純資産
マンション
現金
株式や債券
ローン
純資産


このとき明らかに、世の中の貸借対照表の全体は大きくなっています。投資家が、現金の一部を株式や債券へと振り向けることで、調達する企業を通じて資金はリスクのある事業へと投下され、将来の収益の種苗となるのです。これこそが、経済成長の源です。

企業の純資産の所有権は、「株式」として分割され、市場で取引されますが、生み出される純資産の所有者である株主と、企業の経営者とが互いに分離されていることは、現代の資本主義社会の大きな特徴です。投資家は株式を保有することによって、「(労働者であり、かつ)資本家である」状態をつくり出すことができるのです。ここでは経営者は、純資産を生み出したことの対価として、報酬を受け取ります。

第四章 例題
posted by equilibrium at 2001-04-01 | [草稿]本文

第五章 リスク・プレミアム

1/2の確率で100円を貰える権利があるとすれば、いくらでなら買いますか?

表が出たら100円を貰うことのできるコイン投げゲームに、いくらでなら参加するか、と考えても構いません。コインを投げた回数のうちの半分くらい、100円を貰えることが期待できる状況です。この権利に50円以上出すという方は、おそらく稀でしょう。30円や20円、場合によっては10円という回答もあるかもしれません。不確実なことはなるべく避けたいからです。「平均的な」50円よりも確実な10円の方が価値があるという判断を、間違っていると指摘することは誰にもできません。「避けたい」気持ちにえいと目をつぶって、その権利ふたつを90円で買ったとします。ひとつあたり45円です。買った権利のうちひとつが当たって100円が貰えれば、差し引きでは10円増えたことになります。

この10円がリスク・プレミアムです。不確実さに対してついた価格、リスクの価格です。えいと目をつぶったことに対する「危険手当」と思ってもよいかもしれません。不確実さを伴う権利は、市場で取引されていれば、その価格は皆が平均的に「これならよいかな」と思う水準になっています。これを購入することによって、つまりリスクを引き受けることによって、そのリスク・プレミアムを享受することができるのです。

リスク・プレミアムの大きさは、市場参加者の総意によって決まります。権利の価格が高いときには、リスク・プレミアムは相対的に小さな状態であるといえます。権利の価格が安いときには、リスク・プレミアムは相対的に大きな状態であるといえます。実際には、上記のコイン投げのような権利は、市場では取引されていません。この権利を「売りたい」ひとがいないからです。しかしながら、市場で取引されているリスクのある権利への投資、例えば債券や株式への投資には、一般にリスク・プレミアムがあります。以下では、債券や株式の価格とリスク・プレミアムについて考えてみます。

債券の価格は、将来の返済を割り引いたものの総和です。
債券の価格 = Σ{将来の返済/(1+割引率)}

返済の予定は、債券が発行された時点ですべて確定しています。しかし割引率を構成する要素は、返済までの金利とその他のリスク等に大別できますが、いずれも確定していません。金利はもちろん、すべての債券に共通しますが、その他のリスク等には債券の発行体に固有の要素、例えば倒産リスクが含まれています。これらはすべて投資家によって評価は異なり、また同じ投資家でも時点によって評価は異なり、取引される債券の価格は時間とともに変動します。

株式は純資産の所有権ですから、株式の価格は、現在の純資産と、将来の純資産である利益を割り引いたものの総和です。
株式の価格 = 現在の純資産 + Σ{将来の利益/(1+割引率)}

現在の純資産は、企業自身によっておおよそ報告されていますが、しかし将来の利益と割引率は、いずれも確定していません。将来の利益はもちろんのこと、割引率の中にも株式の発行企業に固有の要素は多く、債券と比較して不確定要素が多いという特徴があります。これらはすべて投資家によって評価は異なり、また同じ投資家でも時点によって評価は異なり、取引される株式の価格は時間とともに大きく変動します。

債券でも株式でも、価格の中には常にリスク・プレミアムが隠れています。将来の返済や利益は、一般にその不確実さを割り引いて評価されますが、時間の経過とともに、隠れていたリスク・プレミアムは債券や株式の価格の上昇という形で実現します。様々なリスクを割り引いて評価されていた将来のフローが今期のフローへと近づいてくる過程の中で、不確実だった要素は次々と確定し、同期間の無リスク金利をリスク・プレミアム分だけ上回る価格の上昇となるのです。市場では45円で取引されていたコイン投げの権利が、実際に投げた後に平均的には50円になるように、市場で取引される債券や株式の価格は、時間とともに不確実を乗り越えながら、平均的には上昇します。

もちろん時としてコイン投げで裏ばかりが出てしまうように、例えば倒産リスクを乗り越えられない場合もあります。事業が不調で、将来の利益が減ってしまうような事態もあります。また何らかの他の理由によって、株価が下落を続けるような局面もあります。とはいえ全体としての債券や株式への投資が、長期的には無リスクの金利を上回る収益を生むことが期待されるのは、こうした理由によります。

実際の債券や株式の市場での取引には、さまざまな投資家がさまざまな動機で参加します。ですから金利や利益の見通しに変化がなかったとしても、その他のさまざまな理由によって、例えば需給の状況や単に投資家の心理状態によっても、その価格は変動します。前述のコイン投げの例でも、もしもその権利が市場で取引されていたとすれば、おそらく価格は変動し、リスク・プレミアムの大きさは常に変化するでしょう。他の条件が変わらないとすれば、価格が下落しているときにはリスク・プレミアムは拡大しており、価格が上昇しているときにはリスク・プレミアムは縮小している、と考えることができます。実際には、価格を変化させるさまざまな要因は常に混在しており、それらを互いに分離させることは不可能ですが、取引される債券や株式のリスク・プレミアムの大きさは、常に変化し続けます。

債券や株式と同様に市場で取引され、やはり時間とともに価格が変化するものに、通貨の交換レートとしての為替や、生産活動のための場所を提供する不動産、また生産された商品などがあります。いずれも需給やその他の理由によって価格は変動しますが、これらへの投資に対してリスク・プレミアムを見出すか否か、という点に関しては議論が残ります。リスク・プレミアムは、資金を調達する側から見れば、リスクを引き受け資金を供給してくれる投資家に対して支払う対価です。また市場の枠組み全体から見れば、それは生産を始めようとするひとへ資金を流入させる「力」です。どんなリスクにもプレミアムがあるとは限りませんが、プレミアムのあるリスクへ資金を投じることは、生産するチャレンジを促進するという重要な意味があります。

第五章 例題
posted by equilibrium at 2001-05-01 | [草稿]本文

第六章 個々と全体

投資先を複数に分散することで、より効率的な「ポートフォリオ」をつくることができます。

ひとつの投資先が何らかの失敗をしたり、スキャンダルに巻き込まれたとしても、別の投資先は大丈夫かもしれない。輸出する企業と輸入する企業を組み合わせることで、予期しない為替の影響を弱めることができるかもしれない。「種類の異なる」投資対象を組み合わせることで、多くのリスクは、分散し和らげることが可能です。組み合わせた投資のリスクは三角形の辺のように、単なるリスクの足し算よりも小さくなり(挟まれる角の大きさは両者の関係に依ります)、すべてをどちらかに投資するよりも効率を高めます。組み合わせたポートフォリオに効率を求めるほど、さらに投資対象の数を増やすことになります。

|\
| \ A+Bのリスク
Aのリスク | \
| \
| \
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
Bのリスク

もちろん、何らかの制約がある場合には、話は異なってきます。例えば、限られた予算の中で最大限に収益を獲得することを目指すのなら、投資対象の数を増やして種類の異なるリスクを組み合わせることの優先順位は、必ずしも高くない場合もあります。100円しか持っていないのに、また借り入れができないのに、たくさんの株式を買うことはできません。「ひとつの勝負にすべてを賭けるロマン」なども、この文脈では、ある種の制約かもしれません。

投資のポートフォリオは、またその金額は、どのように決めればよいのでしょうか。「投資は余裕資金で」などと言われることもありますが、なくなってもよいお金などありません。そんなとき、手持ちの100円で大勝負に出るべきなのでしょうか。リスクの分散効果は、組み合わせた投資先を「ポートフォリオ」と認識することによって生まれます。つまりポートフォリオとは、個々の投資成果よりも全体の投資成果に着目している状態です。複数のポートフォリオを組み合わせれば、それもまた、より大きなポートフォリオとなります。余裕資金の額を決めるステップと大勝負を決めるステップは、独立していては意味がありません。安全マージンとロマンを組み合わせれば、それもまた(リスクの大きさが調整された)ポートフォリオなのです。

個人の投資を考える際には、「自分全体」をひとつのポートフォリオとして認識することが大切です。買った債券ファンドが値下がりしても、買った株がさらに上がっていれば、よしとするのがポートフォリオの考え方です。金融機関に預けている残高合計は増えていたとしても、買って住んでいるマンションの価格は下がっているかもしれません。とはいえ債券が下がっているのなら、固定金利で借りた住宅ローンの評価額もおそらく下がっているでしょう。「自分全体」の範囲を考えるには、少なくとも貸借対照表の全体を構想する必要がありそうです。貸借対照表は、現在把握しているすべての資産とすべての負債、その差額としての純資産を表現します。

これらはすべて、時間とともに変化することを忘れてはいけません。例えば、あるとき「田舎暮らしをしたい」と思い立てば、その瞬間に将来の生活はがらりと変わり、収入や支出の未来像はそれまでと異なったものになるはずです。これに応じて当然のことながら、その現在価値としての資産や負債の姿も変化します。貸借対照表の全体が、時間とともに変化しながらも、将来に渡って望ましい姿であり続けることは、誰もが欲するはずです。

貸借対照表にはまだ載っていない、田舎暮らしを思い立った後に「買いたい」と思うようになるであろう古民家の価格もまた、自宅の価格と同様に時々刻々と変化していることに気をつけなければなりません。必ずしも顕在化していなくても、将来に発生する可能性のある「すべての」潜在的な支払いを割り引いたものを現在の負債の総額と考え、拡張された貸借対照表を構想することができるはずです。資産に関しても、必ずしもそれが確実でなくとも、将来に生み出されるであろう「すべての」潜在的な収入を割り引いたものを現在の総額と考えることによって、拡張された貸借対照表の資産側をイメージできるはずです。将来が可能性によって、いくつかに分岐している場合もあるかもしれません。自分の中では「五分五分」で、田舎暮らしと定年後起業を考えている場合には、それぞれの将来を半分に割って足し合わせることで、将来の可能性をも考慮した貸借対照表をつくることができそうです。

資産
潜在的な資産
負債
潜在的な負債
純資産'
資産負債
純資産


あらゆることは時間とともに移ろい、拡張された貸借対照表の全体すら刻一刻と変化を続けます。「自分全体」の「時間全体」を意識することによって、より合理的な投資マネジメントを構想できるはずです。現在の投資のポートフォリオは、そういった計画全体の一部として考えられるべきものです。仮にいま生活に余裕があったとしても、時間が経過するにつれ徐々に苦しくなっていく状況は、回避しなければなりません。他方で、一時的に「余裕資金」で大勝負に打って出たとしても、その後に収入のアテがあるのなら、全体としては大博打にはなりません。将来に住宅購入を視野に入れているなら、資産の一部を不動産へ投じておくことによって購買力を担保することができます。「老後の生活をオーストラリアで」と考えているのなら、資産の一部をオーストラリアへ投じておくことによって、リスクを減じることができるのです。

第六章 例題
posted by equilibrium at 2001-06-01 | [草稿]本文

第七章 市場ポートフォリオ

すべての情報が瞬時に世界の隅々まで届くような、理想的な状況があったとします。そんなときには、誰もがあらゆるリスク資産に対して同じような見通しを持つはずです。誰もがあらゆるリスク資産に対して同じような見通しを持つのなら、誰もが同じようなポートフォリオを持つはずです。誰もが同じようなポートフォリオを持つのなら、その構成比率は世の中全体のそれであるはずです。

これが市場ポートフォリオの概念です。

例えばある企業のビジネスに関して、どんなに細かなことでも、知ろうと思えばすぐに情報が手に入り、また新たな情報は常に発信され続けているとします。他の企業のビジネスに関しても、同様に情報を入手することができるとすれば、組み合わせて投資することによって、どのようにリスクが分散されるかについても、知ることができるでしょう。そんなとき効率のよい投資をしようとすれば、結果的に、誰もが同じようなリスク資産の組み合わせへと辿り着きます。同じポートフォリオを皆が持つのなら、資金量やリスク回避性向によって大きさに違いこそあれ、その構成比率は世の中全体のそれと同じものであるはずです。つまりそのとき、すべてのポートフォリオは世の中のリスク資産全体のミニチュアであるはずです。

残念ながら現在のところ、情報が無限の速度で流通するような理想的な状況は、実現していません。ですから実際には、各リスク資産に対する皆の見通しは異なっています。それぞれの投資家は、自分自身の見通しに基づいて自分自身のポートフォリオを構成しており、その合計が世の中のリスク資産全体となっています。つまり現在の実際の市場ポートフォリオは、皆の「見通しの平均像」が表現されていることになります。見通しの平均像としての、実際の市場ポートフォリオに打ち勝つような投資の成績を挙げるのは、難しいということが経験的に知られています。ですので、例えばTOPIXやS&P500のような近似的な市場ポートフォリオに、そのまま投資するスタイルを支持する考え方があります。一方で、独自の視点で投資を行うスタイルも、根強く人気があります。とはいえもちろん、自分の見通しに自信がある者にとっても、見通しの平均像を知っておくことや、それを部分的に取り入れることは、有用に違いありません。

独自の見通しにとって、実際の市場ポートフォリオはどのくらい強敵なのでしょうか。その強さは、時とともに変化するのでしょうか。つまり実際の市場ポートフォリオは、どの程度効率的なのでしょうか。そして、その効率は今後どのように変化していくのでしょうか。情報は、日々その流通速度を増しています。「理想的な状況」と現状との隔たりは、非効率さそのものですが、時とともに社会の効率が高まるにつれ、実際の市場ポートフォリオは理想的なそれへと近づくに違いありません。

百万USドル/2008年12月末
Fixed IncomeEquity
AUSTRALIA
AUSTRIA
BELGIUM
CANADA
DENMARK
FINLAND
FRANCE
GERMANY
GREECE
HONG KONG
IRELAND
ITALY
JAPAN
NETHERLANDS
NEW ZEALAND
NORWAY
PORTUGAL
SINGAPORE
SPAIN
SWEDEN
SWITZERLAND
UNITED KINGDOM
USA


実際の市場ポートフォリオはどのように構成されているか、世界の債券市場や株式市場の大きさや構成比率は、調査会社の発表等によって、おおよそ知ることができます。もちろん各市場で、またその各構成銘柄で、経済やビジネスの動向は常に異なり価格は常に変動し、市場ポートフォリオは時々刻々と変化しています。各市場を構成する、個々の貸借対照表に期待される将来の利益や、他のビジネスとの関係、それにかかる様々なリスクやプレミアムの大きさの変化は、常に資金を流動させ経済の血流となります。

個々のリスク資産に目を向けてみましょう。市場で取引されているリスク資産には、投資される何らかの理由が必ずあるはずです。意味のない投資は誰もしません。市場ポートフォリオに占める比率が比較的大きいのなら、おそらくリスク・プレミアムが比較的大きいと考えられているはずです。または他のリスク資産と振る舞いが異なり、分散の役に立つと考えられているはずです。もしかすると、何らかの固有の事情があるのかもしれません。だとすれば、おそらくそれは「非効率性」と呼ぶにふさわしいものです。リスク資産の大きさ、市場の大きさは、投資を考える際に注目すべき情報のひとつです。

大きさを測定することが難しいリスク資産や市場に、未公開株式や不動産、商品などがあります。これらの中には、取引や情報が少ないため、現実的な評価が難しいものなども含まれます。また公開されている株式であっても、例えば「持ち合い」などによって実際には取引されず、見通しの平均像に数え入れることが適切でないものもあります。これらの意味で、取引や情報の流動性は、極めて重要な概念です。取引できないリスク資産や情報のないリスク資産は、市場ポートフォリオの観点からは、存在していないのと同じことです。ポートフォリオを上手に取り扱おうとすれば、各資産や市場の大きさを考える際には、こういった流動性を割り引く必要があります。

市場ポートフォリオは、投資の出発点として、あるいは中立的な参照点として、重要な役割を果たします。投資することによって世界全体は自分の内部へと取り込まれ、自分は世界の構成者であると同時に、その保有者でもあることになります。

第七章 例題
posted by equilibrium at 2001-07-01 | [草稿]本文

第八章 投資と選別

最も「普通の」ポートフォリオは市場ポートフォリオですが、多くのひとは普通では満足しません。よりよい運用成績を目指して個性を発揮し、自分なりの投資を試みようとします。そのような投資には、多くの場合、投資そのもの、つまり資金を供給しリスクを負担する意味合いと、投資タイミングや供給先を選別する意味合いが、同居しています。

選別しようという意志の中で、「安いときに買い、高いときに売る」ことを目指す考え方をタイミング、「安いものを買い、高いものを売る」ことを目指す考え方をクロスセクションといいます。前者は異なる時点間での同じ投資対象に対する比較、後者は同じ時点での異なる投資対象間に対する比較です。買い時を選ぶことや、「順張り」「逆張り」などと呼ばれる手法はタイミング的、投資先の乗り換えや、買いと売りの組み合わせはクロスセクション的ということができます。

タイミング的であれ、クロスセクション的であれ、取引されている債券や株式の価格を「安い」と感じることがあったり、あるいは「上昇を続ける」と感じることがあるかもしれません。リスク資産の価格とその変化は、市場参加者による評価の総意と考えることができますが、しかしそれぞれの評価が立脚している根拠は、揺るぎやすいものにならざるを得ません。

債券の価格 = Σ{将来の返済/(1+割引率)}
株式の価格 = 現在の純資産 + Σ{将来の利益/(1+割引率)}

例えば債券では、将来の返済の可能性に対する見方も、これを割り引く考え方も、投資家によって異なり、それらはまた時間とともに刻一刻と変化します。株式では、将来の利益に対する予想も、これを割り引く考え方も、現在の純資産に対する見方さえもが、投資家によって異なり、それらはまた時間とともに刻一刻と変化します。多くの市場参加者が、将来の返済や利益に関する評価を変化させれば、リスク資産の価格は大きく変動します。またそれを見て、追随的に将来に関する評価を変化させる投資家も現れます。価格の変化をどのように捉えようとするのか。なぜ安いと感じられるのか、なぜ上昇を続けると感じられるのか。選別に際しては、その「テーマ」についてよく考える必要があります。

代表的な選別のテーマとして、価格を構成する各アイテムの水準を考察することによって、割安なリスク資産を探す手法や、価格を構成する各アイテムの変化を考察することによって、成長するリスク資産を探す手法などがよく用いられます。もちろん選別のテーマの可能性は、他にも数多くあります。単に投資パフォーマンスを期待するだけでなく、例えば地球環境への優しさ、または社会的責任や意義をテーマにする場合もあります。単に「好き」をテーマとするなら、それは投資家の数だけ存在するともいえるでしょう。

割高に見えれば売られ、リスク資産の価格は下落します。成長するように見えれば買われ、リスク資産の価格は上昇します。地球環境に優しければ、それも売買の材料となります。多くの投資家が情報を収集し、それぞれのテーマに沿って分析し、選別を行うとき、リスク資産の価格には多くの評価が反映されています。資金を調達する側から見れば、投資家の欲する情報を速やかに提供すること、また事業を内容毎に分離し、選別を効率的に行えるようにすることで、投資家の評価をより高めることができます。このとき社会全体の効率は高まっており、リスク資産の全体としての市場ポートフォリオは、より効率的で理想的なそれへと近づいています。

投資そのものは、市場を通じて資金を調達し生産をはじめようとする者に、そのための資金を供給することにあたります。このことは経済成長を後押しし、投資家は金利とリスク・プレミアムを享受します。一方で選別は、生産者に、事業の内容や時期について熟慮することを促します。投資が社会を成長させ、選別が方向を与えるのです。

第八章 例題
posted by equilibrium at 2001-08-01 | [草稿]本文

第九章 ヘッジファンド

ヘッジファンドは、さまざまな選別を行います。多様な対象を多様な手法で取引し、利益を追求しますが、選別のための基本的な考え方は、通常の投資と何ら変わりません。

リスク資産の短期的な取引は、それが債券であれ株式であれ、為替であれ商品であれ、それらのデリバティブズであれ、タイミング的です。タイミング的な選別の中には、規制や税制等によってリスク資産の将来の需給関係があらかじめ予測されているとき、その反対側の立場で取引するイベント的なものも含まれます。例えば、将来のある時点で、何らかの理由で「売りたい」投資家が殺到することが予想されるときに、流動性を供給する(買う)ことで、その見返りとしての利益(価格の上昇)を期待するものです。

トヨタ自動車を買って日産自動車を売ること、金を買って銀を売ること、現物を買って先物を売ること、これらはすべてクロスセクション的です。クロスセクション的な選別の中で、買うものと売るものが似ているとき、これを裁定取引といいます。比較する両者が似ているほど、非合理的な相対価格から期待される収益の確実性は高まります。しかしながら、皆が同様の取引を行うことで裁定機会は消滅しやすく、価格は均衡へと向かわざるを得ません。

複数のリスク資産を組み合わせたときと同じように、複数の選別を組み合わせることによって、リスクは低減され、ポートフォリオの効率は上がります。ヘッジファンドでは、様々な階層でタイミングとクロスセクションを組み合わせ、より複雑な取引を行うこともあります。

ヘッジファンドの行うそれぞれの選別について、そのテーマを事前に確認しておくことは重要です。例えば、『トヨタを買ってルノーを売る』という選別の成果は、一般に世界の株式市場や通貨の動向に左右されますが、「自動車製造業を相対比較する」ことがテーマであるとき、世界の株式市場や通貨の動向による影響は邪魔なノイズです。事前に排除するか、その影響の度合いについて明確にされていることが、投資家にとっての利便性を高めます。『日本を買ってフランスを売る』株式市場の相対比較や、『円を買ってユーロを売る』通貨の相対比較を、それぞれに独立したテーマとして取り扱うことが可能となるからです。現在は、取引手段とリスク管理の発展によって、株式市場や通貨の動向による影響を選別の中から排除すること、また意図的につくり出すことは、低コストかつ容易になっています。テーマを個別に評価し、選別を「選別」する利便性を高めることによって、さらなる市場の効率化に寄与することになります。

選別のテーマが事前に明確にされていることは、同時に、運用成績を比較すべき指標が明らかになっていることでもあります。株式市場や通貨の動向が排除されているのなら、リスクの度合いにかかわらず、比較の対象としては無リスク金利が適当でしょうし、株式市場や通貨の影響を排除しないのなら、比較の対象には、無リスク金利に加えて市場ポートフォリオ(またはその一部)が実現するリスク・プレミアム、つまり株式市場や通貨の動向が含まれるでしょう。

ヘッジファンドの行う選別にとって、流動性は常に重要なポイントとなります。自分自身の取引量が大きすぎれば、価格を動かしてしまい、何のタイミングを計っているのかわからなくなりますし、裁定取引では機会のすべてを消費してしまいます。選別による収益の大きさは、タイミング的であれ、クロスセクション的であれ、「価格の適正化」以上の容量を持ち得ません。投資から選別へ、より細かな選別へ、そのテーマが詳細で具体的になるほど、収益の確実性は高まる一方で、その容量は小さくならざるを得ません。言い換えれば、より市場が大きく継続的であるのは、細かな選別よりも大きな選別、さらに市場リスクのプレミアムを享受しようとする「投資そのもの」です。

ヘッジファンドへ資金が流入することは、選別にかかるリスクを投資家が許容し、そのプレミアムが低下することを意味します。さまざまな選別のテーマがリスク資産の価格に織り込まれる過程で、ヘッジファンドは利益を生み出しますが、その結果として実際の市場ポートフォリオの効率を高めます。舵取りは前進のための自信となり、航海を先へと進める力になります。

第九章 例題
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第十章 ポートフォリオのつくり方

ここでは、実際のポートフォリオのつくり方について、ご紹介します。貸借対照表の全体を意識するとともに、Black-Littermanのアプローチに基づいて「投資と選別」の関係を整理し、ポートフォリオを組み立てます。

すべてのポートフォリオは、以下の3つのコンポーネントの和から構成されると考えます。

1) 購買力を担保するポートフォリオ
2) 市場ポートフォリオ
3) 見通しを表現するポートフォリオ

例えば、生命保険会社の「キャッシュフローマッチング」と呼ばれる投資手法、つまり「将来のキャッシュフローに合わせて債券を買っておく」行動は、ここでは「購買力を担保するポートフォリオ」のみを保有し、残りの2つに関しては、その係数をゼロにしている状態と考えます。

例えば、「『市場は出し抜けない』のでETFを買う」行動は、ここでは「市場ポートフォリオ」を保有することでリスク・プレミアムを享受し、残りの2つに関しては、その係数をゼロにしている状態と考えます。

例えば、「価格が上がると予想される株を買う」行動は、ここでは「見通しを表現するポートフォリオ」のみを保有し、残りの2つに関しては、その係数をゼロにしている状態と考えます。複数の見通しがある場合には、それらの和をとることで、新たに全体の見通しとすることができます。

現金のみを保有し無リスク金利を享受している場合は、どのポートフォリオも保有せず、すべての係数をゼロにしている状態です。

「投資は余裕資金で」などと言われることがありますが、貸借対照表の全体を考えれば、これは「購買力を担保するポートフォリオ」の重要性を説いたものと理解することができます。「物価の上昇による老後の生活コスト増大のリスクは、インフレ連動債を購入することであらかじめ担保しておき、投資や選別はその後に追加的に考えるのがよい」という主張は、その具体例のひとつです。貸借対照表の負債側が何らかの要因によって変動する可能性があるとき、それを(部分的に)打ち消すようなリスクをとることによって余裕資金、つまり純資産のリスクを低減させることができるのです。もちろん将来のことは常に不確定ですから、どのような予測に基づいて、どのように購買力を担保しようとするのか、慎重に考える必要があります。

TOPIXやMSCIのような時価総額インデックスは、「市場ポートフォリオ」を近似的に表現するためにつくられたものです。これに連動するETF等を購入することによって、低コストで容易に市場リスクのプレミアムを享受することができます。利便性の高い投資手段は近年になって増えつつあり、例えばインデックスにかかるデリバティブ取引を活用することによって、少額の証拠金を預けるのみで、市場ポートフォリオのリスク・プレミアムを享受することも可能です。3つのコンポーネントのうち、誰もに共通しているのは市場ポートフォリオであり、資本市場の価格形成に大きな影響を与えています。

効率的市場仮説に対する批判は、しばしば「見通しを表現するポートフォリオ」の後ろ楯として持ち出されます。情報の流動性を考慮しても、投資家の行動を考慮しても、社会システムを考慮しても、およそ人間の活動にはすべて、多かれ少なかれ非効率性が存在せざるを得ません。従って、それらの非効率を評価し選別するという行動は、安易に否定されるべきものではありません。仮に社会の効率が高い状況があったとしても、当然のことながら選別が存在しなければ、時の流れの中で、その効率は徐々に失われざるを得ません。その意味で、投資と選別は車の両輪で、資本主義が機能するためにはどちらも不可欠です。

3つのコンポーネントにかかる係数、つまりそれぞれの大きさやバランスは、各ポートフォリオに対する期待や確信の大きさ、互いの相関関係などで決まります。将来のお金の使い方の予想に基づいて購買力を担保することの効用、市場のリスク・プレミアムに対する期待、選別しようとする見通しにかかる確信の大きさ、それらすべての関係。これらを評価することで、ポートフォリオの全体は構成されます。言い換えれば、すべてのポートフォリオは、この構造を仮定して、その意図を分解することが可能です。

国内債券: 25円
外国債券: 25円
国内株式: 25円
外国株式: 25円

例えば、現金を除く資産のポートフォリオが、上記のようになっている場合について考えてみます。国内資産と外国資産を同額保有している状況ですが、実際の市場ポートフォリオを参照すれば、世界に占める日本の比率は、これよりもずっと小さいことがわかります。国内債券や国内株式に大きくシフトしている理由は、おそらく購買力を担保するためか、または主観的な見通しによるものでしょう。将来に渡って日本国内で生活する可能性が高いのなら、円での借金に対応する国内債券や、国内の物価上昇に比較的追随しやすいと考えられる国内株式に投資することは、購買力を担保する手段としては自然です。また外国資産に比べて、情報が入手しやすく自分との関係も深い身近な投資対象でもありますから、主観的な見通しが表現されていると考えても不思議ではありません。

債券と株式への投資は同額となっていますが、全体への影響は株式の方がはるかに大きくなります。株式の方が、価格の変動がずっと大きいからです。ポートフォリオのバランスを考えるには、金額よりもリスクの視点がより重要になります。投資をする際に、同時に選別を行っているケースも数多く存在しますが、その場合には(近似的な市場ポートフォリオとしての)インデックスから乖離するリスク、つまり見通しを表現するポートフォリオのリスクが、加えて内包されていることになります。このときにも、つまりコンポーネントの間のバランスを考える際にも、リスクの視点は重要です。

とはいえ、共通する尺度としての「リスク」を何らかの形で定義し、貸借対照表上のすべてのアイテムを横断的に評価することは困難です。リスクには様々な実態と表現方法があります。投資先が生み出す利益のリスクと倒産するリスク、将来の収入や支出が変化するリスク、事故のリスク、気が変わってしまうリスク、どれも内容は異なり、それぞれに複数の表現方法があり、時に互いに折り重なり、それらを同一の軸上で語ろうとすることには無理があります。したがって、ポートフォリオとして組み合わせる際には、最終的には、自分自身のリスク「感覚」に基づいて全体のバランスを取る必要があります。

リスクだけでなく、「似ている」「似ていない」「因果関係がある」「関係がない」といった感覚も、バランスを考える際には大切です。似ているもの同士は、ポートフォリオ全体の中で果たす役割も似ているからです。役割が似ていれば、ポートフォリオの中で、それらの比率は割り引かれてよいことになります。一方で、似ていないもの、他と異なる役割を持つものをポートフォリオに組み入れることは、効率を向上させる観点から重要になります。しばしば、「見通しを表現するポートフォリオ」が「市場ポートフォリオ」と似ている場合があります。こんなとき両者の差分をとることで、概念的には、「より純粋な」見通しを表現するポートフォリオを抽出することができます。実際にこれらのバランスをとるためには、そこに含まれている「市場ポートフォリオ」の成分(ベータといいます)を認識しておくことが実践的でしょう。

ひとは絶えることなく何かをつくり出します。時間は機会を生み、その価格として利息を存在させます。チャレンジはリスクを生み、その価格としてプレミアムを存在させます。すべての価格は、常に変化します。投資の個別の要素について、その構造を考えること、そして全体の構成とバランスについて考えること、投資する自分と投資される社会の両面について考えること。これらはすべて、自分にも社会にも大きな力となるはずです。

第十章 例題
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